京都地方裁判所 昭和45年(む)128号 判決 1970年10月02日
主文
原裁判を取消す。
被疑者を京都拘置所に勾留する。
理由
一、本件申立の趣旨および理由は、検察官提出の準抗告「及び裁判の執行停止」申立書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
二、当裁判所の判断
(一) 本件資料によれば、被疑者は、昭和四五年九月二七日午後七時三〇分頃、傷害被疑事件で京都府太秦警察署司法巡査に緊急逮捕され、同巡査は、右事件につき、翌二八日午前八時頃、右京簡易裁判所裁判官に対し、暴力行為等処罰ニ関スル法律(第一条ノ三)違反被疑事件として逮捕状の請求をし、同裁判官は、同日午前九時三〇分頃、被疑者に対し逮捕状を発付したこと、京都地方検察庁検察官は、同月二九日、京都地方裁判所裁判官に対し、右逮捕を前提とする勾留請求をしたところ、同裁判官は、翌三〇日、本件は、緊急逮捕後「直ちに」裁判官の逮捕状を求める手続がなされているとは認められず、逮捕手続が違法である、との理由で右請求を却下したので、右裁判に対し、同日、京都地方検察庁検察官から本件準抗告の申立がなされたことが認められる。
(二) ところで、緊急逮捕に関する刑事訴訟法第二一〇条第一項は、「直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならない」と定め、これを緊急逮捕適法性の要件の一つとしている。しかして、緊急逮捕が憲法第三三条に適合するものであることは、夙に判例の明示するところであるが、同条は、令状主義の例外として現行犯逮捕の場合のみを容認しているのであるから、現行犯の場合よりも、被疑者と犯罪行為との結びつきが稀薄な緊急逮捕にあつては、刑事訴訟法第二一〇条第一項の規定を厳格に解釈し、捜査官は、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をし、その審査を経由して捜査手続の適法性を担保することにより、初めて緊急逮捕の合憲性が肯定されるものと解すべきである。
それでは、右にいう「直ちに」とはこれをどのように理解すべきであろうか。もと憲法がいわゆる令状主義を原則として規定したのは、これによつて、捜査官の捜査手続における恣意的な運用、あるいは捜査権の濫用による弊害を事前に防止しようとする趣旨であるのであるから、例外的な緊急逮捕の場合についても、「直ちに」を、右の趣旨にそうよう厳格に解釈しなければならないが、直ちに手続がなされたかどうかは、単に緊急逮捕したときから逮捕状の請求が裁判所に差し出されたときまでの所要時間の長短のみによつて判断すべきではない。被疑者の警察署への引致、逮捕手続書等書類の作成、疎明資料の調整、書類の決済等警察内部の手続に要する時間、および、事件の複雑性、被疑者の数、警察署から裁判所までの距離、交通機関の事情等も考慮の外におくべきでなく、したがつて、このような観点からすると、右にいう「直ちに」は、緊急逮捕後「できる限り速かに」という意義に解するを相当とする。
(三) これを本件についてみるに、前記のとおり、本件逮捕状の請求は、緊急逮捕時である同月二七日午後七時三〇分頃から約一二時間三〇分経過した後になされている。そして、京都地方検察庁検察事務官および当裁判所裁判所書記官作成の各電話聴取書等によれば、京都府太秦警察署司法巡査は、前記のように緊急逮捕後、同日午後一〇時頃、右京簡易裁判所裁判官に逮捕状の請求をするため、同裁判所の当直員である裁判所書記官に対し、今から逮捕状の請求に赴く旨連絡し、同書記官は、その旨担当裁判官に告げたところ、同裁判官は、同書記官を通じて、深夜でもあり、翌朝にしてもらえばよい旨指示したので、司法巡査は、その指示に従い、前記のような時間を経過した後の翌二八日午前八時頃逮捕状の請求をしたこと、並びに、同日午前九時三〇分頃、本件逮捕状が発付されたことが認められる。しかして、このように逮捕状の請求が遅延するに至つたのは、前記のように、裁判官の指示に従つたことによる事実が認められるのであるが、たとえ、かような事実が介在したとしても、それは、右の「直ちに」の判断資料として考慮に入れるべき性質のものとは解されない。したがつて、司法巡査が緊急逮捕後約一二時間三〇分経過した後になした本件逮捕状の請求は、右にいう「直ちに」なしたものとは称し難く、違法の評価を免れない。
(四) そこで、違法な逮捕手続を前提とする被疑者勾留請求の適否について勘案するに、刑事訴訟法上、逮捕手続の違法性に関しては、被疑者に不服申立の手段が認められていないこと、および、法の基本的精神である手続の厳格性が要請されていること等に鑑みると、逮捕手続に違法性が認められた場合には、その逮捕を前提とする勾留請求は原則として許されないものと解すべきである。しかしながら、被疑者に再逮捕、再勾留される不利益を招くおそれがある場合や、勾留の実質的要件を具備している場合に、その被疑者を、単なる勾留の前段階における手続上の瑕疵を理由に釈放することは、却つて社会正義に反すると認められる場合もありうるであろう。もとより逮捕手続の違法が重大かつ明白な場合には、勾留請求を却下して、その違法性を正し、他の戒めともなすべきであるが、その程度に至らない手続上の瑕疵に止まる場合には、諸般の事情を総合して勾留請求を許容しても、必ずしも令状主義を認めた法意にもとらないものと解すべきである。
そこで、本件逮捕状の請求を、その手続の経緯等に照らして考察するに、前記のとおり、捜査官は、被疑者逮捕後約二時間三〇分経過した午後一〇時頃、これから逮捕状の請求に赴く旨裁判所に連絡しているのであるから、捜査官は、この段階において、すでに逮捕状請求の手続に着手したものと認めて差支えないといえるし、捜査官が、担当裁判官の指示を信じで請求自体を遅延きせたことの非は糾弾されるべきであるが、ともかくも担当裁判官の指示に従つて請求したものであることや、その連絡をして指示を受けたのが、午後一〇時を過ぎて深夜に近い時刻であつたことなど、捜査官の過失を一方的に責め難い情況が見受けられるのであるから、これら諸般の事情を総合すると、本件につき、請求遅滞のため逮捕手続が違法であるとの一事をとらえて、勾留請求を却下するほどの理由となすことはできないものといわなければならない。
(五) 以上のような理由により、本件勾留請求を却下した原裁判は相当でなく、他に右勾留請求を違法として却下すべき理由も認められないので、さらに、勾留の理由および必要性について順次検討する。
(六) 本件資料によれば、被疑者が本件被疑事実を犯したことを疑うに足りる相当な理由があることが認められる。
そこで、刑事訴訟法第六〇条第一項各号の要件に該当する事由の有無について検討するに、本件資料によれば、被疑者は、昭和四五年四月二五日に京都刑務所を出所して、肩書住居である京都感化保護院に居住していたのであるから、定まつた住居を有しないとは認められない。また、本件の罪質および犯行の動機、態様並びに供述の経緯等に鑑みると、被疑者が本件関係人に働きかけるなどして、罪証を隠滅すると疑うに足りる理由がないとはいえないが、本件犯行の外形的事実等に関する証拠は、概ね蒐集されていることなどに照らして考察すると、被疑者が本件の罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとまでは認められない。
しかし、被疑者は、刑務所から出所後間もなく本件犯行を犯し、前記感化保護院に居住している者であつて、無職単身であり、大半の粗暴犯を含む前科一五犯を重ねていることや、本件罪質等を合わせ考えると、被疑者は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるものと認められ、かつ被疑者を勾留する必要も存するものといわなければならない。
(七) よつて、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項を適用して原裁判を取消し、被疑者を勾留することとして主文のとおり決定する。(橋本盛三郎 梶田寿雄 飯田敏彦)